より良い国際協力に向けて
これまでの国内外におけるマスカット基金の活動を通して、我々はより良い技術協力や国際協力に向けて以下のようなことを考え続けています。
ODAとNGOの連携
マスカット基金では、継続的な支援を通して目に見える成果につなげることが重要と考えている。一般的に多くのODAによって実施されている、いわゆる「プロジェクト」は期間や地域を「切り取って」、限られた期間、対象で行われている。しかしながら、人々の生活はそうした制約とは無関係に続いていくものである。一方、多くのNGOはそうした「プロジェクト」の制約からはある程度自由になった長期的で息の長い活動を目指していると考えられる。より効果的な国際協力を実施するために、より良いODAとNGOの連携を目指すことの重要性については過去にも議論されてきた。実際、国際耕種株式会社は設立当初から『特定非営利活動法人サヘルの森』と事務所を共有しつつ緊密な関係を保ち、お互いの経験をそれぞれの活動に生かしてきた。特に乾燥地域における植林分野では、「根をデザインする」という考え方を基に技術開発や現場適応で協働してきた。2019年には株式会社国際水産技術開発、国際耕種株式会社、サヘルの森のメンバーが中心となって、『グループBIC(Better International Cooperation)』を設立し、より良い国際協力のための話し合いを定期的に開催している。これまでの長期に亘る経験や話し合い等を通して、それぞれの地域で入手可能な資源をいかに有効に活用するかということが、極めて重要な視点となることも強く感じている。我々の限られた活動事例から、よりよい技術協力や国際協力に向けて以下のような視点を持つことが大切であると考えている。
参考資料1:AAIニュース第25号~30号:ODAとNGOの連携
参考資料2:サヘルの森のホームページ
参考資料3:乾燥地域における植林技術
参考資料4:グループBICのホームページ
現地スタッフとの協働(人的資源の有効活用)
バングラデシュのグラミン銀行での活動を通して、マイクロクレジットの効果は世界的に認められている。我々がジンバブエで実施した活動も、グループガーデンでの野菜栽培の活動促進に対して優良種子の提供が重要であると判断し、インプットクレジットの形で資金を提供した。その結果、融資を活用したグループは生産物による収入の一部を返済に充て、回転資金として長期間に亘って最初に投入した資金が活用されることとなった。この活動が理想的な形で継続された大きな理由は、資金管理を実施した組織の能力の高さにあると考えられた。当基金が数々の現地NGOの中から本組織を選定するに当たっては、様々な条件を設定して慎重に決定した。本組織は小規模な融資にもかかわらず、持続的な活用が出来るように綿密な運営を行った。こうした信頼できる現地NGOと連携できたことが、全体として高評価に結びついた大きな理由と考えられた。現地における人的あるいは組織的資源を有効に活用するために、信頼できる個人あるいは組織を見出すことが成功の鍵を握っているように思われた。
ODA活動においてはカウンターパート達とのチームワークを高めるために、我々は現場での人と人とのつながりを常に大切にしてきた。こうして培ってきた信頼関係は、プロジェクト終了後も継続的な現場活動に有効に生かせると考えている。現在、シリアでは現地スタッフ(元技プロのカウンターパート達)との協働で、灌漑分野での人材育成プログラムを実施中である。リモート会議でコミュニケーションを取りながら、現地スタッフが現地活動を的確に進めており、現地の小農や女性グループのキッチンガーデンの普及に貢献している。こうした現地スタッフとの協働は、「より良い国際協力」の一つの形と言えるかも知れない。今後、現地スタッフとの協働でNGO活動を展開する下地が出来ているように感じる。そうなれば、現場でのキッチンガーデンの普及が持続的に実施されることになり、これこそが「より良いODAとNGOの連携」の見本になると考えている。
生計向上と環境保全の両立(物的資源の有効活用)
途上国における技術協力を実施するに当たり、地域住民の生計向上と地域の環境保全の両立を図ることは極めて重要な視点となっている。特に昨今の気候変動対策の一環としても、その重要性は世界的に認められつつある。世界農業遺産の選定においても、このことが重要な選定条件の一つとみなされている。我々が参画したインドネシアでの活動は、テンカワン油の商品価値を高めることが天然林の保全につながり、住民の生計向上と地域の環境保全の両立に貢献できると考えた。これと全く同様の考え方で、エチオピアにおける森林コーヒーの活動にも参画して来た。これらは、地域住民の現金収入の向上と森林破壊の軽減を結びつけようとする試みである。一方、ヨルダンでのミドリゼーションの活動のように、都市住民に対する快適空間の提供や水資源の涵養を通して地域住民に貢献しようとする考え方もある。現在、我々が関わっている国内でのホタルの保全活動は、地域の水質や生物多様性の保全に直接つながっている。日本各地で行われている野焼きも、地域の生物多様性保全に貢献している。このように地域の伝統的な経済活動を継続すること等によって動植物資源を有効に活用することが、地域の環境保全に役立っている場合は多い。こうした仕組みを正確に理解した上で活動内容を企画設計することが、今後の技術協力にとって極めて重要な視点であると考えている。
参考資料:エチオピアの森林コーヒー
情報共有のための場の提供(情報的資源の有効活用)
地域活動の促進にとって情報共有の場を持つことは、極めて意味のあることと考えている。我々が岡山県の牛窓で実施した活動では、情報共有のための場として研修所「Ayn」を設立した。地元有機農業者グループとの話し合いで、研修者達に安く提供出来る宿泊施設があれば、農家研修に参加を希望する若者達をより積極的に受け入れることが出来るという話が出た。さらに、有機農業者達が自由に会議や懇談できる場があれば、地域活動の促進につながるのではという話も出た。そこで、マスカット基金は宿泊や会議が出来そうな空き家を借り上げ、地元グループと数年間に亘って運営した。研修所の運営が一部農家の負担になったこともあり、何名かの大学生の農業体験研修の宿泊・講義用に活用されただけで、その後は積極的な活用には至らなかった。運営を地元に任せるのではなく、基金が中心になって運営に当たることが出来れば、もう少し持続的な活用が出来たのではないかと考えている。途上国における農業農村開発の現場においても、農家と普及員あるいは研究者と普及員が話し合える場の提供や、委員会や協議会といった話し合いの機会の提供は、地域活動を促進する上で極めて有効な手段であることを感じて来た。こうした、情報共有のための場や機会の提供も、今後の技術協力の推進にとって欠かせない視点と考えている。
社会福祉の視点(社会資源の有効活用)
日本では社会福祉協議会という組織が各都道府県や市町村にあり、途上国においても様々な組織が福祉活動に当たっている。我々はシリアの首都ダマスカス郊外にある知的障害者の養護学校で、園芸療法を実践した。園芸療法は、植物を育てることによって身体、精神、知能、社会的に良い効果を得、損なわれた機能を回復することを目的として行われる。つまり、収穫物の出来栄えや収穫量を評価することが目的ではなく、園芸作業を通して対象者が癒されること、あるいは達成感が得られることを目的としている。オマーンにおいても、身体障害者組織との交流を通した森林回復協力を計画した。身障者の機能回復の一環に苗の移植などの植林事業を取り入れ、地域住民参加による植林や植生回復を行おうというものであった。どちらの活動も持続的に継続することは出来なかったが、うまく実施すればより良い技術協力につながるのではないかという大きな可能性を感じた。現在、国内で農福連携に関連した活動に関わり合っているが、この活動を通して更なる経験を積み重ね、福祉の視点からより良い技術協力を実施していくための工夫を真剣に考えてみたい。